箪笥のひきだし

株式会社TAN-SU代表。コンテンツプロデューサー。畑楽人。地域や産地のPR戦略やメディア企画、情報開発、コンテンツ制作、商品開発など多数プロデュース。オンラインショップ『おちゃのま商店』の運営。高知県日高村オムライス大使。野菜づくりはルーティーンワーク。

原点回帰。高知県オムライス街道10年の歴史づくりに向けて。

2021年1月15日(金)早朝。
今日も朝のひとっぷろこと、朝ブロです。


昨日はここ最近、仕事やら畑やら運動やらで溜まった疲労を撃退しにマッサージに行きました。ずっと腰が痛くて酷くなる前にマッサージ。畑仕事でも横着して棒立ちの体制で作業してしてしまって腰に負担がかかってしまったり、腰をかばいながら椅子に座ってパソコン作業したりしていると、そりゃぁ負担がかかってしまうのは当たり前ですね。体のケアも仕事のうちってことで悪化しないようにしよう。

農林水産省の第4回「ディスカバー農山漁村の宝」の優良事例にもなった高知県日高村オムライス街道

今日は高知県日高村の観光環境会課の山本奈央さんとzoomミーティングしました。高知県日高村と言われると知らない方もいるかもしれませんが、高知市内から西に16キロ程度に位置する人口5000人の小さな村です。日本一の水質を誇る仁淀川や豊かな自然に囲まれシュガートマトの生産や世界一薄いと言われる和紙産業などが有名です。シュガートマトというブランドは日高村から生まれたんです。

この高知県日高村では特産であるシュガートマトを生かした村興しプロジェクトとして2014年から「オムライス街道」をスタートし、今では全国の村興しのモデルケースにもなっている素晴らしい取り組みです。現在7年目の取り組みがスタートしています。なんとこのプロジェクトの発案者は現在の戸梶眞幸村長なんですが、そのあたりは2017年に「未来開墾ビジネスファーム」さんが村長に取材した記事がわかりやすいので、ご一読ください。

special.nikkeibp.co.jp

僕がオムライス街道と出会ったのはオムライス街道がスタートしてまもない2014年のこと。当時僕は高知県庁の委託を受けて県内全域の観光情報を全国放送のメディアや媒体で発信するという年間事業に関わっていました。その一環で定期的に県内を視察することも多かったのですが、ある日視察で別の目的地に向かう途中に日高村を通過することがあって、そこでオムライス街道の「看板」や「のぼり旗」を初めて目にしました。スタートた直後は当時は県内の方にもほとんど認知されておらずお客さんも少ない状態でしたが、面白いプロジェクトがスタートしたということは事前に聞いていました。実際に村に行って「のぼり旗」を目にした時にタイトルデザインのインパクトの強さにビビッときたのを今でも覚えています。

県庁の方にお願いしてすぐさま日高村役場のオムライス街道の担当の方に繋いでもらって、村内を視察させてもらう段取りをしました。その時に案内してくれたのが立ち上げから現在までオムライス街道プロジェクトを中心的に支えてきた山本奈央さんです。彼女の情熱がなければオムライス街道がここまで大きくなったかどうか疑問を感じるくらい、日高村と日高の人と暮らしとオムライス街道を愛している方です。

僕が感じた成功の香りは、とっても良質で心温まる価値でした。

今でも当時のことは良く思い出します。山本さんに村内のいくつかもオムライス店や観光ポイントを案内してもらい、TAN-SUでも取材をしたいと申し入れてその日はお別れしました。

後日、TAN-SUの取材で当時取材させてもらった記事です。2015年の記事ですが全4回シリーズですので読み応えいもバッチリあります。缶詰博士の黒川勇人さんをゲストに迎えて一緒に取材に伺いました。僕、1日でオムライス7杯食べましたからw

old.tan-su.com


このプロジェクトはすごいことになるかもしれない!!それが僕の第一印象です。一瞬でオムライス街道のファンになってしまいました。オムライスが好きなのはもちろんですが、一番興味を持ったのは村としての「価値づくり」の素晴らしさでした。


価値とは何か?それは村興しや観光事業の目的が「子供たちの未来づくり」にあることです。とかく観光事業は産業的視点で捉えがちですが、日高村は教育的視点で考えているような気がしています。産業活性のその先にあるのは、子供たちが村に誇りを持って生きていけるような未来づくりだということです。

僕が考えたことは「勝手応援する」ことでした。
2015年にTAN-SUでも取材をさせてもらったこともそうですが、既にオムライス街道のプロジェクトコンセプトに共感してファンになっていたもので、そこからは勝手に取材したり、勝手にメディアに情報を送ったりと、勝手に広報支援をしていました。県庁のお仕事で高知に行くたびに時間を作っては日高村にも視察に行かせてもらったりと役場の方とも親交を深めてきました。


そして2016年に起業するわけですが、起業したら絶対にやろうと思っていたことは「音楽をプレゼントすること」でした。オムライス街道に音楽があったら子供たちや村の人も、村に訪れる人たちも嬉しいし楽しいだろうと思って、村のイメージに合うようなアーティストを探していて出会ったのがリベットボタンです。彼女の作った「トマトの神様」という歌は、今では村民の歌といってもいいくらい日高村のいろんな場所で流れています。この1曲を通じて日高村と音楽を通じたコミュニケーションが生まれました。保育園の先生が踊りを考えてくれたり、子供たちがダンスを踊ってくれたり、ライブをしたり、これまでにもいろんな交流機会をいただきました。

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トマトの神様


「トマトの神様」/リベットボタン



そんな中で僕たちも一番大事にしてきたのは、オムライス街道の「子供の未来」に対する思いです。ここを汚しては絶対にいけない。という思いが今の関係につながっているんではないかと思います。2016年8月、ありがたいことに僕とリベットボタン、漫画家のくさか里樹先生と共にオムライス大使という観光大使に就任いたしました。今年、就任5年目を迎えます。

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オムライス街道新聞


オムライス街道は現在7年目のプロジェクトとして取り組んでいます。過去、僕たちは音楽やイベント出演、広報誌の制作などという部分的な交流が中心でしたが、2023年のオムライス街道10周年に向けて、日高村の文化づくりに参加したいという思いが強くなってきました。僕たちにできることを日高村の子供たちの未来にお届けしたい、そんなふうにオムライス街道と出会った頃の思いが蘇ります。原点回帰とでもいうんでしょうかね。TAN-SUはオムライス街道とは切っても切れない関係であるし、僕たちの原点でもあります。

価値づくりは自分の意思で考え、行動することだと感じた日でした。


では今日も素敵な一日を。

 

オムライス大使
山口やすゆき