2021年1月17日、早朝。
昨日は野田市にある清水公園に家族で遊びにいきました。清水公園は野田市民にとっては馴染み深い場所で、アスレチックやポニー牧場、運動場やキャンプ場などが併設された大きな公園です。春になると桜のお花見でも有名です。僕も子供のころから遊びに連れていってもらった思いでの場所です。
そういえば清水公園ってどうやってできたんだろうかと思って調べてみました。僕はずっと市営もしくは市の外郭団体が運営している公園だと思っていたんですが、ちょっと違うみたいです。
ホームページから一部抜粋してみると、
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明治27年(1894年)1月に醤油醸造業の柏家五代目当主茂木柏衛翁が、金乘院から5千5百坪を1千円の賃借料で50年間の賃借契約を行い遊園地(現第1公園付近)を建設したのが清水公園の始まりです。同年4月3日に開園式を挙行して一般町民に開放しました。
大正14年5月に聚楽講は解散しましたが、茂木家、高梨家、中野家、石川家、堀切家によって新たに組織された「合名会社千秋社」を発足させました。発足と同時に清水公園の経営権も同社が引継ぎました。その後の昭和19年7月「株式会社千秋社」と改組し、現在にいたります。
とのこと。
詳しくはホームページで。
清水公園 公式ホームページ » 清水公園についてwww.shimizu-kouen.com
やっぱりキッコーマンなんですね。
野田市はキッコーマンでできていると言っても過言ではないんですが、野田市の産業を支えた世界的大企業は地元の子供たちのために貢献をしてくれていたということですね。未来に生きる僕たちもちゃんとお世話になっています。
清水公園の中にある金乗院の脇に大きなヒマラヤ杉
がありました。全長40メートルもある立派な杉ですが、こんなに立派な杉を見たのは何年ぶりだろうと思うほど立派。杉の枝が地面と水平に幹から真横に伸びてて迫力がありました。
ヒマラヤ杉とムスメと。
大きなヒマラヤ杉を見ていたら、24歳のころを思い出してしまいました。22年前のことです。
僕は24歳の時に現在日本のツリーハウスの第一人者として活躍している小林崇さんのアシスタント的なことをしていたんですが、みんなでオレゴンとシアトルにツリーハウスを学ぶ旅に行きました。
オレゴンではタキルマという地区で現地のカーペンターが営むゲストハウスに宿泊させてもらいました。オレゴンは湿地帯で巨木の多いことでも有名でツリーハウス作りにも適している場所ということで、タキルマに2週間ほど滞在しました。中心街からは車で30分ほど離れた場所にあるゲストハウスだったので、コンビニもスーパーも自販機しらない、まさに自然しかない場所です。隠れ家は動かないバス。ヒッピーたちの溜まり場でした。
滞在中は馬の世話や藁を運んだり、間に森林地帯や実際のツリーハウスを見たり、建設中の現場に行ったり、ワークショップを体験したりして、毎日あっという間に過ぎていきいました。そして、地元のコミュニティラジオにも出演させてもらったり、地元のサザンロックバンドののライブの荷物持ちをさせてもらったり、どれも素晴らしい体験でした。母親がお金がかかるけど、人生勉強だと言って小遣いをくれて送り出してくれたことが感謝でしかない。
一番の思い出はレッドウッドという場所で見た巨木の切株です。本当にアメリカのスケールを感じた若かりし僕。今まで自分が考えていた常識が完全に崩壊して世の中にはまだ見たことのないものがたくさんあるんだという思いが、今の自分の礎になっているのかもしれません。
小林さんのツテで、シアトル在住でツリーハウス界の神様でもあるピーターネルソンさんのに会いにいくことができました。シアトルではピーターネルソンさんが開催するツリーハウスのワークショップに参加させてもらうことができ、これは貴重な体験なんですが、当時教えてもらったことはほとんど覚えていませんっw
USAシアトル近郊07●ピーター・ネルソンのツリーハウス製作ワークショップ参加10日間www.wild-navi.co.jp
一本の杉から飛躍しましたが、そんな回想をした休日です。娘が24歳のころは何をしているんだろうかと考えると、楽しくなってきます。
では、素敵な日曜日を。
山口やすゆき